認知症とは
現在「認知症」という言葉を聴かない日はないほど、私たちの日常の生活のいろいろな場面で耳にするようになりました。また身近な方が認知症を発症し、その対応に苦慮されている方も多いようです。認知症に関するさまざまな情報が増えましたが、ここで少し整理してみたいと思います。
いったい認知症とはどういう病気なのでしょう。認知症とは医学的な説明では「生後いったん正常に発達した種々の精神機能が慢性的に減退・消失することで、日常生活・社会生活を営めない状態」と表現しますが、もう少しやさしく表現すると、「いろいろな原因で、全身の司令塔である脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなったりしたためにさまざまな障害が起こり、生活するうえで支障が出ている状態のこと」を指します。
認知症の診断基準
現在、医師の判断においては米国精神医学会が作成する「DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル第5版の略で、精神疾患・精神障害の分類マニュアル)」が認知症の診断に最も用いられる診断基準のひとつとして用いられ、以下のような項目に照らし合わせて認知症の診断がなされます。しかし、以下の内容の状態は進行した認知症の状態なので、早期治療にはつながらないとの意見もあります。
- 多彩な認知欠損。記憶障害以外に、失語、失行、失認、遂行機能障害のうちのひとつ以上。
- 認知欠損は、その各々が社会的または職業的機能の著しい障害を引き起こし、病前の機能水準から著しく低下している。
- 認知欠損はせん妄の経過中にのみ現れるものではない。
- 痴呆症状が、原因である一般身体疾患の直接的な結果であるという証拠が必要。
認知症の種類
認知症のうち最も多いのがアルツハイマー病です。その他には脳血管型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などが挙げられます。一般的に認知症=アルツハイマーと認識をされる方が多いのですが、主な認知症の種類と特徴は以下の通りです。
アルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、認知症の中で一番多く、男性よりも女性に多く見られるという特徴があります。また、他の認知症と比較すると今後も増加の傾向があるとの報告があります。
アルツハイマー型認知症は脳にアミロイドβペプチドと呼ばれる特殊なたんぱく質などが溜まり神経細胞が壊れて死んでしまい減っていくことが原因で認知機能に障害が起こると考えられています。また徐々に脳全体も委縮していき身体の機能も失われていきます。
脳血管性認知症
脳梗塞や脳出血、くも膜下出血などの脳の血管の病気によって、脳の血管が詰まったり出血したりすると脳の細胞に酸素や栄養が送られなくなるため、細胞が壊れてしまい機能を失い、その結果として認知症を引き起こします。血管の病気の原因になる動脈硬化の危険因子として、高血圧、糖尿病、心疾患、脂質異常症、喫煙などがあります。
これらの生活習慣が脳血管性認知症の原因になりやすく、女性よりも男性のほうが多く発症しています。脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症を併発した場合を、混合型認知症と呼ばれています。
レビー小体型認知症
レビー小体は神経細胞にできる特殊なたんぱく質で、脳の大脳皮質や脳幹に集まってしまいます。レビー小体がたくさん集まっている場所では神経細胞が壊れて減少しているため、神経を上手く伝えられなくなり、認知症の症状が起こります。
このレビー小体型認知症はアルツハイマー型の次に多い認知症で、男性の方が多く、その発症は女性の約2倍とも言われています。また、幻覚や幻視が見られることが特徴です。
前頭側頭型認知症(FTD)
前頭側頭型認知症(FTD)は、脳の前頭葉と側頭葉が萎縮し血流が低下することによって症状が引き起こされる病気で、他の認知症と違い、指定難病に認定されています。原因はまだはっきりしていませんが、前頭葉と側頭葉のどちらも大変重要な働きを担っているため、その機能低下による影響は甚大で、人格の変化や非常識な行動などが目立ちます。40~60代に発症することも多く、男女差はありません。
若年性認知症
64歳以下の人が発症する認知症を若年性認知症と呼んでいます。若年性と高齢者での認知症の病理的な違いはなく、脳血管性認知症が約40%・アルツハイマー型認知症が約25%と、2疾患で6割以上を占めます。仮に病院で診察を受けても、うつ病や更年期障害などと間違われることもあり、診断までに時間がかかってしまうケースが少なくありません。男性の方が女性よりも多いといわれています。
アルコール性認知症
アルコール性認知症は、アルコールを多量摂取し続けたことで脳梗塞などの脳血管障害やビタミンB1欠乏による栄養障害などを起こし、認知症を発症したものです。多量に飲み過ぎたことだけでも、脳は委縮するのではないかとも考えられています。
高齢者に限らず若い世代でも見受けられますが、アルコール依存症の高齢者の場合は認知症状が多い傾向があります。またアルツハイマー型やレビー小体型の認知症と合併する場合もあります。
正常圧水頭症(iNPH)
正常圧水頭症とは、脳脊髄液が異常に頭に溜まり障害を起こし、脳圧の上がりにくい水頭症です。正常圧水頭症には、クモ膜下出血、頭部外傷や髄膜炎などの原因から生じる続発性正常水頭症と、原因がわかりにくい特発性正常圧水頭症と呼があります。認知症に似た症状が見られますが、歩行障害などに特徴があります。
高齢者に多いのは特発性で、早期発見し手術や治療で改善できる可能性が高いので、早めの受診や詳しい検査を受けることが大切です。
認知症の症状
いろいろな認知症にも共通する症状は、中核症状ともいえる「認知機能障害」と、周辺症状ともいえる「行動異常・精神症状」があります。さらに失語、失行、失認、実行機能の障害も生じます。
認知機能障害は脳の神経細胞の破壊されたために起こり、直前に起きたこともすっかり忘れてしまうような認知症の中核的な症状です。かなり昔のことはよく覚えているともいわれますが、症状が進行するとそれらの記憶も徐々に失われていきます。また、見当識障害といわれる判断力の低下、時間や場所・名前などが分からなくなることが多くみられます。
行動異常・精神症状は、脳の障害を背景にその人の性格や環境・人間関係などが絡み合って起きるものです。具体的には、妄想やうつ状態、不安感、無気力といった感情障害が生じたりなどの精神症状と、徘徊、興奮、攻撃、暴力などの行動の異常が見られます。症状は人それぞれ異なり、また接する人や日時によっても大きく変わってきます。時として暴言・暴力、徘徊・行方不明などが家族内や社会的な問題になります。
その他には、言葉の理解ができなかったり話したい言葉が話せなかったりする「失語」、運動機能に関する障害はないのにある動作ができないような「失行」、感覚に関した機能は損なわれていないのに対象を正しく認知・認識できない「失認」、さらにいわゆる段取り能力が低下する「実行機能障害」も症状として現われます。
認知症の治療
認知症の治療としては、薬物療法とリハビリテーションなどの非薬物療法が主なものです。
前述した正常圧水頭症などを除けば、認知症を完全に治すような治療法は現在のところ存在しません。また、認知症の治療薬とは基本的にアルツハイマー病に対するものがほとんどで、その分野での新薬の開発などは進められていますが、根治するような画期的な薬剤の登場には今後さらに時間を要するでしょう。しかし、病状の進行を遅らせることは可能になってきています。
認知症であっても残された機能を維持しながら、日常生活の支障となる症状の軽減・改善することを目的として治療を受けられることが大切です。
薬物療法
薬物療法では、認知症の進行を抑えたり、脳の機能低下を遅らせたりする効果が期待できます。ひとつは認知症の原因疾患に対する治療、そしてもうひとつは認知症によるさまざまな症状に対する治療に分けられます。
なお、行動・心理症状(BPSD)を改善するために抗精神病薬、抗うつ薬、抗てんかん薬、睡眠薬などの向精神薬や漢方製剤が使われることもありますが、医師・薬剤師のアドバイスに従って正しく服用することが大切です。
非薬物療法
薬物を用いない治療的なアプローチのことを非薬物療法と呼びます。脳を活性化し、残存機能を維持したり生活能力を高めたりする目的で行います。本人のレベルや精神状態に合わせて、無理のない範囲で行います。
非薬物療法には作業療法士、理学療法士、看護師、介護福祉士などの専門職がかかわり、以下のような内容のものがあります。
- 運動や作業を通して「本人らしい生活」が送れるよう支援するいろいろな作業療法・生活リハビリテーション・身体のリハビリテーション・認知症短期集中リハビリテーション。
- 簡単な計算や音読、字を書き写すなどを行う認知リハビリテーション。代表的なものにくもん学習療法。
- 見当識への刺激を与えることで、認知機能の低下を防ぐリアリティ・オリエンテーション。
- 過去の思い出を語ることで、記憶を刺激して感情の安定を図る回想法。
- 脳に刺激を与えたり、自発性の改善を図ったりする音楽療法、芸術療法、園芸療法など。
- 動物とのふれあいを通じて感情の安定をめざすアニマルセラピー。