はじめに

精神疾患(障害)は、疾患と障害を併せ持つと言われています。疾患に対する治療(医療サービス)はもちろん、障害の程度に応じた支援(福祉サービス)も必要とされるため、地域における医療機関、行政機関、障がい福祉・介護サービス事業など、多職種・多機関での連携が重要になってきます。

地域の理解を拡げるための連携会議

近年、精神疾患を抱える患者さんの総数は約420万人と増加を続けていますが、これには「認知症」や「うつ病」などの認知度が上がり、精神科の『敷居』が低くなってきたことが背景にあるとも言われています。しかし、多種多様な精神疾患(障害)についての正しい情報や、精神科で行われる治療や支援の内容についての理解は、十分に拡がっているとはまだまだ言えないのが現状です。また、こうした「精神科の分かりづらさ」は、地域の関係機関にとっても同様で、以前から多職種・多機関での連携の壁になることもありました。そこで、行政・医療・福祉の関係機関が連携を深めるため、定期的に会合を持つようになりました。現在では、障害者総合支援法に基づき、全国の各自治体でこのような連携会議(ネットワーク会議)の設置が義務化されていますが、福岡市内においては、法律で義務化される前から、「こころのケア共感部会」や「精神保健福祉医療連絡会議」といった会合が各区単位で実施されていました。地域における病院、クリニック、訪問看護ステーション、保健所、区役所、基幹相談支援センター、障がい福祉・介護サービス事業所などなど、多数の機関から支援者が集まり、地域の理解の輪を拡げるための活動が今でも定期的に行われています。何かと、法律や制度がないと動きづらいことが多い中、法律で義務化される前からこのような連携会議が行われ、少しずつ大きくなってきているということには、個人的には大きな可能性も感じています。

精神科医療(入院)における現状と入院日数について

先ずは厚生労働省の資料から精神科医療(入院)における現状をご覧ください。

  • ◇ 精神病床の入院患者数は約30.2万人、過去15年間で4万人超減少(H14年:約34.5万人)
    国の施策により精神病床も減少傾向にあるが、国際的にはまだまだ多い。
  • ◇精神病床の平均在院日数は267.7日(全病床:平均在院日数28.2日)
    過去10年間で精神病床の平均在院日数は45.2日短縮、しかし国際的には非常に長い。
  • ◇近年の新規入院患者の入院期間は短縮傾向にあり、約9割は1年以内に退院。

※H29年 厚生労働省 『病院報告』より

いかがでしょうか。諸外国や精神科以外の他の診療科と比べた場合には、まだまだその差が大きいのが現状ですが、入院患者数(ベッド数)は減少、平均在院日数も短縮傾向にあり、新規入院患者さんの約9割は1年以内に退院しているとのことです。諸外国や他の診療科との差を埋めるためには様々な取り組みがなされていますが、その取り組みの一つとして、精神科急性期・救急病棟というものがあります。これらの病棟では、手厚い職員配置の元、90日以内の『早期』退院を目指すというのが特徴で、当院でも急性期病棟、救急病棟を設置し、日々患者さんの『早期』退院に向けた治療・支援を行っています。 さて、私はいま『90日以内の早期退院』と表現しましたが、「日本国内の全ての病床(精神科病院の病床も含む)での平均在院日数が28日(H29年 厚生労働省『病院報告』より)」ですから、違和感を持つ方もいらっしゃるかも知れません。しかし上記の通り、精神病床の平均在院日数は267日と非常に長く、そしてこの日数には病気の特性や国の施策、地域での受け皿の問題など、複雑で大きな歴史的問題がその背景にあることにもご理解をいただきたいと思っています。

精神科病院の地域医療連携部の役割

地域医療連携部の役割はたくさんありますが、『コーディネーション(好ましい相互関係で調整すること、調和させること、繋ぐこと)』という言葉が、その役割を上手くまとめてくれているように思っています。 患者さんがスムーズに受診・入院できるように、また転院・退院もスムーズにできるように、必要なサービスをコーディネートし、行政機関、他の医療機関、障がい福祉サービスや介護事業所を始め、患者さんを中心とした多くの関連機関を繋ぐ役割を担っています。当院の地域医療連携部では、前方支援(受診・入院調整や紹介状管理等)を看護師が担当、後方支援(退院(地域移行)支援、医療福祉相談等)を精神保健福祉士(ソーシャルワーカー)が担当しています。
また、地域に精神科への理解の輪を拡げるための取り組みも重要ですが、今はコロナ禍で直接の連携・交流が難しくなっている状況ですので、こうした逆境に負けない取り組みを考えていくのも、地域医療連携部の重要な役割とも言えます。そして現在国は、『精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(※)』という新たな取り組みを推し進めており、地域との連携は今まで以上に必要になってきています。

※『精神障害にも対応した地域包括ケアシステム
ご参考: 厚生労働省
「精神障害を抱えながらも地域の一員として、安心して自分らしい暮らしをすることができるよう、医療・障害福祉・介護、住まい、社会参加(就労)、地域の助け合い、教育が包括的に確保されたシステム」とされ、この仕組みが「入院医療から地域生活中心へ」の理念を支え、多様な精神疾患等に対応するための土台作りとなることが期待されています。

精神疾患(障害)をお持ちの方のよりよい地域移行を進めるために

私が精神保健福祉士としてこの仕事を始めたのは約17年前ですが、当時、地域移行という言葉は自分自身使ったことも、周囲から聞いたこともなかったように記憶しています。地域や所属する病院にもよるのかもしれませんが、私は長らく『退院支援』という言葉のみを用いており、そのことに疑問を感じることもありませんでした。今となっては恥ずかしい話ですが、『地域移行』という表現が使われている理由を知るまでは、『退院=ゴール』という病院中心の視点で固まっていたのです。ここ油山病院ではかなり前から『地域移行』と表現されていたようで、目から鱗でした。また、「これまでは、数多くの長期入院者をいかに地域に退院させるか…が全てのように語られてきたが、これからは“Hospital based(病院中心)”から”Community based(地域中心)“への視点の転換が必要だ」と書かれた有識者会議の資料をネットで見つけた時にもハッとさせられました。
精神疾患(障害)をお持ちの方がよりよい地域移行を進めるためには、様々な方法があると思いますが、特に私たちソーシャルワーカーは地域中心の視点を持って支援に臨むことが何よりも重要だと思っています。患者さんにとっては、退院はゴールではなく、地域生活が再開する場面です。退院後の地域生活を患者さんと一緒に見据え、必要な支援をコーディネートしていくのが私たちの大事な役割と考えています。そしてより良い地域生活への移行とその後の定着には、受け入れる側の地域の理解も必要であり、精神疾患とはどのような病気なのか、精神科ではどのようなことが行われているかを知っていただく機会を増やし、相互理解を深めていくことも大切だと考えています。

地域医療連携部 精神保健福祉士 本田耕太