標準的なうつ病治療を行っても長期化する患者さんが20〜30%存在しているといわれています。その要因と治療法について、以下の項目に沿ってご説明します。

  • うつ病の最近の傾向
  • 長期化(遷延化)するうつ病の要因
  • 本当にうつ病なのか(うつ病の診断)
  • うつ病治療の基本と入院治療の効果
  • その他の最新うつ病治療
  • うつ病患者さんのサポート

うつ病患者さんの最近の傾向

厚生労働省障害保健福祉部の「患者調査(3年ごとに全国の医療施設に対して行っている)」によると、精神疾患により医療機関にかかっている患者さんの数は近年大幅に増加し、2017(平成29)年には400万人を超えています(419.3万人)。特にうつ病や認知症の患者さんが著しく増加していると報告されています。 うつ病に限っていえば、WHO(世界保健機関)の調査では日本のうつ病患者さんを約300万人と推計していますが、日本の精神科医療の関係者たちは約600万人と推計しています。しかし実際に精神科を受診している人は約100万人に過ぎません。

うつ病患者さんを男女比でみると女性のほうが多くなっています。年齢による女性特有のホルモンの変動に原因があるようにも言われていますが、正確な原因は解明されていません。女性が経験する思春期、妊娠・出産・産後、更年期などのライフステージごとに受けるストレスがうつ病の引き金にもなっているようで、「産後うつ」や「更年期うつ」などと呼ばれることもあります。

また、最近増えている高齢者のうつ病患者さんの問題も注視する必要があります。一人暮らしの孤独感などからうつ病になることが多く、認知症と間違われることもありますが、認知症専門医のなかには高齢者のうつ病と認知症は合併していることもあり表裏一体と表現する人もいます。今後ますます見過ごすことのできない問題となるでしょう。

長期化(遷延化)する うつ病の要因

うつ病は治療により半年から1年程度で症状の改善がみられるようになる病気ですが、残念ながら治療が長期化している患者さんもいます。一般的に、標準的なうつ病治療を行っても長期化する患者さんが20〜30%存在しているといわれています。

このようなに長期化することを「うつ病の遷延化」と言い、「遷延うつ病」とも呼びます。また、抗うつ薬を充分量・充分期間使用しても,不充分な反応しか得られない場合には「うつ病の難治性」「難治性うつ病」と呼びます。このような状況にはさまざまな要因が複雑にからみあっていると思われ、遷延化するメカニズム自体ははっきりとは解明されていませんが、決して稀な疾患ではないと考えられています。

このような長期化(遷延化)する原因の一つとして、まず薬の服用に関することがあげられます。それは、薬を飲む量やその期間が充分でなかったことが大きな問題ではないか、ということです。つまり、患者さん自身が治療の過程で少し回復した・良くなったと自己判断し、医師に相談せずに薬の量を減らしたり服用自体をやめてしまったりすることに原因の多くがあるようです。うつ病治療ではしっかり休養をとりながら、主治医の指示どおりに薬を充分な量・充分な期間服用することが最も重要なことです。薬を中断することで症状が改善しないまま長期化(遷延化)してしまうことがあります。

また、主治医の指示どおり抗うつ薬を服用しているのに症状の改善がみられない場合は、主治医に相談することが大切です。薬の効果には個人差があり、薬を服用し始めてもすぐには効き目が出てこない薬もあります。さらに抗うつ薬にもさまざまな種類があり効き方も異なりますので、主治医が判断されたら別の抗うつ薬を処方される可能性もあります。薬に関することに疑問を感じたら、率直に主治医に相談しましょう。主治医に話を聞いてもらい説明を受けることで安心することも多いと思います。

先にうつ病の長期化・遷延化の原因は複雑にからみあっていると述べましたが、薬の服用以外にも多くの要因が考えられます。その他の要因として考えられるものに以下のようなことがあります。

治療要因としては、薬の中断や効果にかかわること以外に「休息(休養)が充分ではない」可能性が考えられます。環境要因としては、「家族関係の問題」「早過ぎた復職」「周囲の理解や協力が不充分」などがあげられます。また身体的要因としては、「脳の老化」「身体的な慢性疾患の影響」「アルコールの常用」などがありますし、心理的な要因としては「孤独感が強い」「居場所がない」「生き甲斐がない」「周囲の人を信頼できない」などがあるようです。

本当にうつ病なのか(うつ病の診断)

長期化(遷延化)するうつ病にあって、そもそも本当にうつ病なのかという問題も潜んでいないわけではありません。

現在の精神科医療では、うつ病の診断基準にはアメリカ精神医学会による「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」と世界保健機関(WHO)による「疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10版(ICD-10)」の2つが用いられています。

例えば、DSM-5による診断基準を採用した場合は、うつ病は「抑うつ障害群」という病気の一つに分類されており、「大うつ病性障害」とも呼ばれます。それは、症状についての9つのチェック項目で判断され、うつ病に該当する症状が2週間以上続いている場合に「うつ病」と診断されます。

ところが、うつ病以外でもうつ状態が引き起こされる病気はいろいろとあります。精神疾患の範囲では、双極性障害、気分変調症、適応障害、不安障害、統合失調症などがあり、身体疾患に絡むものやインターフェロン・ステロイド剤などの薬の副作用でうつ状態になることもあります。ですから、そのうつ状態がうつ病以外の病気によるものである可能性もありますから、長期化(遷延化)するうつ病にあっては病気そのものを見直す必要があるかもしれません。

なかでも双極性障害においてはそう状態とうつ状態が交互に起こり、うつ状態における症状はうつ病とほぼ同じであるため、練熟した専門医の問診をもってしても区別がつきにくいケースもあります。しかもうつ病と双極性障害ではその治療薬は異なりますので、注意が必要です。

そのような場合には、現在先進医療として光トポグラフィを用いたうつ病の診断補助の活用があります。この検査は、2009年(平成21年)に厚生労働省から先進医療として承認を受けた技術で、安全性の高い近赤外線を利用して前頭葉や側頭葉における脳活動状態の変化を測定します。それらの反応パターンの違いで、健常者相当、うつ病、双極性障害(躁うつ病)、統合失調症などにほぼ分類することが可能なため、医師の確定診断の補助として活用されています。

うつ病治療の基本や入院治療の効果

うつ病の治療の基本は「休息(休養)」「薬物療法」「精神療法」です。治療の四本柱という場合には、これらに「環境調整」を加えます。いずれにしろ、これらの治療が、うつ病治療の根幹であることには変わりありませんし、焦らずに治療を続けることが肝要です。前述の長期化(遷延化)するうつ病についても同様です。

まず「休息(休養)」や「環境調整」とは、職場であれば残業時間短縮・配置転換など、家庭であれば家事分担など、うつ状態の人のストレスを軽減するために調整や工夫を行うことです。焦らずに体を休めて、時にはしっかり休養をとり、無理なく過ごせる環境を作ることが回復への早道となります。うつ病にみられる睡眠障害や食欲不振についても、休養や環境調整から始めることで、規則正しい充分な睡眠とバランスのとれた食事がとれるようになることが大切です。

長期化(遷延化)したうつ病の患者さんには、休養目的の入院治療への切り替えも選択肢のひとつです。なぜなら、入院生活によって睡眠や食事などの生活リズムが整いやすく、服薬も指導や管理をしてもらえるので規則的になります。さらに、精神科リハビリテーションの専門職がかかわり、軽い運動なども行えますので、睡眠や食事に好循環をもたらすことが期待できます。また、入院治療においては職場や学校、家族とも一定の距離を置くことができ、患者さんへの刺激をできるだけシャットアウトすることで心身ともに充分な休息(休養)ができますし、新たな治療の方向性を見出す可能性もあります。

次に「薬物治療」や「精神療法」ですが、これらの必要性や効果は言うまでもありません。うつ病の治療薬は飲んですぐに効果が現れるものではありませんので、あくまでも焦らず服用を継続することが基本です。

精神療法については理論や技法など多くの種類があり、病気の種類、状態、患者さんの適性、治療者の考え方によって異なりますが、基本的には医師や臨床心理士などが言葉を使って患者の心に直接働きかける療法のことです。患者さんの話をよく聞いたり、適切な助言をしたり、仕事や家庭など生活面での相談を受けたり、言葉による治療が行います。患者さんと治療者側が信頼関係を築き、患者さんが安心して治療を受け続けられるようにすることで、休息(休養)や薬物療法と併せて症状安定の方向に向かうことになります。

さらに認知療法・行動療法などがあります。うつ病の原因となったストレスを振り返って対処法を学んで調子の良い状態を維持し、再発を防ぐ目的で行われる療法として活用されているのが認知行動療法です。認知行動療法は患者さん自身の悲観的な物ごとの捉え方や考え方のくせを改善する治療として、うつ病、パニック障害、強迫性障害など、さまざまな精神疾患の治療にも有用とされ注目されています。

その他の最新うつ病治療

さて、長期化(遷延化)するうつ病については基本的な「休息(休養)・環境調整」「薬物療法」「精神療法」と併用して、近年その他にも以下のような多角的な治療やアプローチが可能になってきました。

ここでは修正型電気けいれん療法(mECT)と経頭蓋磁気刺激法(rTMS治療)について簡単にお知らせします。

まず、電気けいれん療法(ECT)は、頭部に通電することで精神症状の改善をはかる治療法です。1938年に開発され、以後現在まで、うつ病、躁うつ病、統合失調症などをはじめ多くの精神疾患の治療に活用されてきました。海外においても高い有効性と安全性が確認されている精神科領域の先進医療の一つであり、アメリカでは年間約10万人に対して施行されているといわれています。現在は治療における不安や身体的けいれんを防止するために全身麻酔薬下(全身麻酔と筋弛緩剤を使用したもの)で行なうことが多く、修正型電気けいれん療法(mECT治療)と呼ばれて保険適用の治療法です。この療法は、脳に短時間の電気的刺激を与えることで精神症状の改善をはかる治療法です。重いうつ病や躁うつ病あるいは緊張病(統合失調症のあるタイプ)などの方を対象に行ないます。例えば、薬でなかなか治らない方、薬の副作用が強く出るために治療が難しい方などが適応となります。ただし、施行できる医療機関では患者さんの適応判断について専門医が身体的状況もふまえ多角的に検討し決定します。

次に最近先進医療として注目されている治療法として経頭蓋磁気刺激法(rTMS治療)があります。これは誘導電流(渦電流)で特定部位の神経細胞を繰り返し刺激して、うつ病によるうつ症状を改善させる治療法です。保険診療では、rTMS療法に関する講習を受けた日本精神神経学会認定の専門医の指示のもと、1日40分、週5日、3週から6週間にわたるrTMS実施(治療クール)が認められています。対象となるのは、抗うつ薬の適切な薬物療法で充分な改善が得らず、中等症以上の抑うつ症状を示し、うつ病(大うつ病性障害)の診断を受けている患者さんに限られます。双極性障害の方は適応外となります。

これらの療法に反応しない場合は、次の治療の方向性について改めて主治医と相談していくことが大切です。

うつ病患者さんのサポート

うつ病が長期化(遷延化)すると、社会的・経済的な面でもさまざまな支障が生じてきます。通院・入院中の方であれば、その医療機関の精神保健福祉士(精神科ソーシャルワーカー)に相談していただくのがよいでしょう。精神保健福祉士は、精神疾患を抱えている方たちの社会的・経済的な問題のご相談に対応するスペシャリストです。それぞれの方の状況に応じて、適切なアドバイスを行い、地域のなかで生活し、社会生活を維持できるようなサポートを心がけています。精神保健福祉士がいない医療機関の場合は、医療相談室などのメディカルソーシャルワーカーが対応してくれるはずです。それらの対応が難しい場合は、地域の保健所や精神保健センターに直接相談して支援を求めてください。

たとえば経済的な問題として、長期にわたりうつ病治療が必要となると必然的に経済的なハンディが生じてきます。そのような場合は、ケースに応じて精神障害者福祉手帳を申請することもできます。精神障害者保健福祉手帳には障害等級があり、手帳を申請した時点での医師の診断書などにもとづいて審査が行われ、1~3級が決定されますので、社会的に自立して生活するための手助けになるといえます。

その他、日常生活を送るにあたっての不安については、精神科の訪問看護などのサポートを受けることも良いと思います。訪問看護の主な目的は「再発予防」「生活支援」「社会資源の活用支援」です。服薬管理を含む体調・病状の把握してもらうことで、症状の悪化を未然に防ぎ、入院にいたらずに済む場合も少なくありません。また自立した生活を営むための技能を維持・向上させ、さらに社会生活の充実や就労・復職のサポートも可能です。事業所によってはは24時間365日体制を整えているところもあり安心が増します。一人暮らしが不安、服薬管理が苦手、日々の生活のなかで家族や周囲の方との関係がうまくいかない、閉じこもりがちになりやすい、コミュニケーションが苦手で話し相手がほしいなど、さまざま理由で利用することが可能です。

さらに、うつ病やうつ状態のため現在休職・失業中で復職・再就職を目指している方のための復職支援プログラム(リワークプログラム)を行っている医療機関や団体・民間会社があります。医療機関におけるリワークプログラムでは認知行動療法的なアプローチが行われることが多いのですが、いずれのプログラムでも一様に生活リズムを整えたり、コミュニケーションスキルやストレス対処法を学んだりして復職・再就職に向けての準備を整えることができます。

ここまで長期化(遷延化)するうつ病にかかわる多くのことをお伝えしましたが、つらいうつ状態・うつ病があっても、回復することを望み、決してあきらめずに医療機関や地域の社会資源とつながって治療・サポートを受け入れていただきますように願ってやみません。