介護は家内制工業
これからお話することは、あちらこちらで介護の講演をしている方の受け売りです。ご了承ください。
さて、工業製品というのは金太郎あめのようにいつでもどこでも同じものができます。陶芸家の作る作品は同じものは2度とできません。介護も同じでいつも同じことができるわけではありません。このことを「介護は家内制工業」と説明していました。介護職はプロですからいつでも同じ良い結果を出したいのですが、なかなかそうもいきません。体調やご機嫌、介護する人される人、その日によって環境も大きく変わります。
介護の現場?
そうはいっても職業としての介護の現場はいつもある程度の結果を出す必要があります。「安・近・短」で、「おはよう」と「ありがとうだけ」で事足りるわけはありません。リハビリテーションは治療ですから評価を行います。「評価のないところに治療はない。」といわれ、今はどのような、そしてどの程度の状況なのか、何が課題で、どうすればよいのか、などを評価します。そして治療前と治療後でどう変わったかを示して(評価して)初めて治療と言えます。
看護職・介護職・介護支援専門員などは「アセスメント」という言い方をしたりしますが、結局は同じことです。病院では病気に目が行きがちですが、介護の現場では生活や人生に目を向けるべきだと思います。介護される方がどのようなことを感じながら日々を送っているか、大げさに言えばどう人生を過ごしているかが重要です。
介護現場のアセスメント?
私は以前、現場の職員から時々同じことで苦情を受けていました。「事務長、ですから、この方は前頭側頭型認知症という人ではないんです。何のなにがしという人で、何が大好きで、何がお嫌いで、これをこういうふうにお願いすればきちんとやってくださって、この手順を抜かすと混乱されるのです。」「前頭側頭型認知症の特徴だけでこの方を説明するのはやめてください」。
はい、申し訳ありません。おっしゃる通りです。ぐうの音も出ません。まさしくあるべき評価=アセスメントですね。
役割に繋がるアセスメント?
認知症高齢者であれ、職員であれ、得意なこと苦手なことがあり、下手の横好きもあります。例えば料理活動をするときに献立を立てるのは、その方には複雑で難しく混乱を招いてしまいます。けれども、ジャガイモを洗いましょう、皮を剥きましょう、乱切りにしましょう、と一つずつ手順をお伝えすれば舌を巻くように上手い、といったことは日常よくある出来事です。
例えば料理を作るという過程を一つ一つ分解して、その方は何がお好きで何がお嫌いか、何がお得意で何は苦手か、何に対してどうお手伝いすれば上手くいき自尊心が高まるのか、どの作業はお手伝いしても難しいのか、こういったことを細かく見ていくのがプロの技です。日々介護現場で意識するしないにかかわらず繰り広げられています。
そうはいっても介護職に大事なのは技だけではなく「感性」とか「気づき」といった言葉で表現されます。その方がどのくらい喜んでおられるのか、傷ついておられるのか、お困りなのかなどは人として人の気持ちに気づく感性なのでしょう。ただし、そもそも介護職に余裕がなかったり、介護される側の人に関心が無かったりすれば気が付くものも気が付きません。
価値観も重要
価値観も大変重要です。作業が早く片付けば楽です。食事介助の時、声掛けは止め食事をどんどん口に運べば、食事介助が早く終わって楽と思うかもしれません。一方これではいけないと思えば、ひとつずつお声をかけるので時間がかかるかもしれません。食事介助はただの作業ではありません。私たちの仕事、つまりケアです。作業であれば目の前の食事が胃に入ればよいかもしれませんが、ケアというのなら食事の楽しみとともに、人としての尊厳を保つ必要があります。
結局ただただ効率の良い作業は、認知症高齢者の混乱を生み、作業時間を増やすことにしかならないことはよく知っておくべきです。ケアは安定を生み、ケア時間の短縮を生み、介護職の余裕を生み、介護される人の幸せにつながります。ひと手間かけることの重要性、その価値観がないとなかなかうまくいきません。
介護現場の挑戦
こうして、介護の現場では医師もリハ職も管理栄養士も介護職も多くの職種が、介護される方の人としての尊厳を守ろうとしています。優しくするだけやお手伝いを増やすことが私たちの向かう先ではありません。その人がその人らしく生活すること、できることはご自身でやっていただくこと、お手伝いすればできることはお手伝いしながらやっていただくこと、可能であれば今はできないことも出来るようにお手伝いすることが大切です。そういったことがその方の尊厳に繋がっています。
介護サービスという観点から、私はここまで「介護する人」と「介護される人」という文章を書いています。実際にはどちらがどちらを支えているのかよくわかりません。ありがとうと言ったいただくことは介護職の喜びです。この方をどうご理解して、どうお手伝いさせていただくかということは介護職の人としての成長に大きく関係してきます。介護職はお手伝いしているようで、実は人として育てていただいているのです。