統合失調症は慢性疾患
「統合失調症の治療」について掲載するにあたって、まず「統合失調症は慢性疾患である」ことをお伝えしなければなりません。統合失調症とは、神経伝達物質であるドーパミンが脳内での過剰となる病態です。原因は不明ですが、長期間ドーパミンが過剰な状態が続くと脳に不可逆的な(もとに戻すことができない)変化が起き、治療しても完全な改善は期待できないといわれています。
そのことを精神科医の春田武彦氏(都立松沢病院元精神科部長、多摩中央病院元院長) は、その著書「はじめての精神科(医学書院)」のなかで以下のようにわかりやすく説明しています。「統合失調症は慢性疾患であるという事実です。慢性疾患とは、たとえば本態性高血圧や糖尿病があげられましょう。これらに対して【治った】という言葉は使われません。【コントロールがついている】といった言い回しが用いられます。すなわち、降圧剤やインシュリンなどによって血圧や血糖値が収まっていたら問題はないものの、だから、服薬や生活上の注意を怠って構わないということにはならない。風邪が治るように【治る】ことは期待できないが、養生さえちゃんとしていれば過剰に心配する必要はない。統合失調症も同じです。」
最近はお薬が改善され統合失調症のコントロールが以前より容易になり、社会生活も円滑に送れる方が多くなっています。そのためには、早期発見・治療、さらにご家族など周囲の方々の理解や協力が大切になります。
統合失調症の治療
薬物療法と心理社会的療法
次に統合失調症の治療の話に進みたいと思いますが、その前に精神疾患全般の治療について、精神科医の福田正人氏(群馬大学大学院医学系研究科 教授)のメンタルヘルスマガジン「こころの元気+(地域精神保健福祉機構COMHBO発行)」における記述を引用させていただきます。
「精神科の病気には、脳の不調と心の悩みという面があります。この2つは別のことをさすわけではなく、1つの病気を2つの見方から見たものです。どちらも病気の大切な面です。精神科の病気の治療は、この2つの面に働きかけます。脳の不調に働きかけて心の悩みの解決をはかるのが薬物療法です。心の悩みに働きかけて脳の不調の回復をはかるのが心理社会療法です。(中略)両方とも欠かせません。そうしたことから、【薬物療法と心理社会療法は車の両輪】とされます。1つの治療よりも2つの治療を組み合わせたほうが効果が高い(中略)2つを組み合わせることで治療の効果が高まるのは、それぞれが別の役割を持っているからです。(中略)薬物療法は脳の神経伝達に働きかける治療法です。(中略)これに対して心理社会的療法は心の健康な部分に働きかけます。健康な部分の力を高めて、病気による困難をカバーできるようにします。(中略)薬物療法で使う薬は、脳の全体に働きかけます。(中略)それに対し、心理社会療法は病気の影響を受けている気持ちや考えや生きる力に焦点をあてるように工夫します。」
ですから、精神疾患の代表的な疾患でもある統合失調症の治療では薬による治療(薬物治療)と心理社会的な治療(精神療法や精神科リハビリテーション)を組み合わせて行っていきます。統合失調症の治療では、幻覚や妄想などの症状の改善や不安・不眠を解消するために、特に急性期においては薬による治療が基本になります。同時に早い時期から精神科リハビリテーションなども行われます。
薬物治療について
精神科の治療の3つの柱は、休養・環境調整、薬物療法、精神療法ともいわれています。ですから、統合失調症の治療においても、まず、症状を抑えるための薬を飲んでいただくことが必要となります。合わせて、充分に休養をとること、その環境を準備されることが極めて大切なことです。ご家族をはじめ周囲の人たちにも協力していただき、本人が治療に専念できる環境づくりをお願いしたいと思います。
さて、薬物治療については近年精神科で用いる薬は大変改善され、副作用のリスクが低いものも増えています。そのため、仮に入院治療が必要となった場合も早期の回復・退院が可能になりました。使用する薬については、医師が患者さんの状態を見極めながら薬の調整を進めますので、飲む量・回数を守っていただくことが最も重要なことです。症状が良くなったと思い、自己判断で薬を飲むことを止めてしまったために、再び症状が重くなってしまうことが良くあります。
統合失調症の治療で主に用いられる薬剤は「抗精神病薬」です。抗精神病薬は、脳内のドーパミン神経の活動を抑えることにより、幻覚や妄想、考えをうまくまとめられない、気持ちをうまく表現できない、意欲がわかないなどの症状を改善し、再発を防ぐ効果が期待できます。
また、抗精神病薬は副作用を感じたら、遠慮なく主治医に相談なさってください。薬の量を調整したり、種類や組み合わせを変えたりすることで、副作用を抑えることも可能です。ただ、あくまでも薬の調整は医師への相談が前提となります。
なお、抗精神病薬の他にも症状に合わせて、不安や抑うつを和らげる薬、睡眠薬などが使われます。また、抗精神病薬の副作用を抑えるための薬が処方される場合もあります。
心理社会的な治療(精神療法や精神科リハビリテーション)
精神療法
統合失調症の精神療法で代表的なものとして「支持的精神療法」「認知行動療法」「集団精神療法」があります。
「支持的精神療法」には、幻覚や妄想といった症状への不安や苦しみを抱えた患者さんを精神的に支える意味合いがあり、患者さんの不安解消や精神安定を目指しています。患者さんが生活のなかで、不安に感じたり心配したりしていることを具体的に話し合い、よりよい解決の糸口を一緒に見つけていきます。治療者を信頼して話せることは患者さんにとって大変重要なことで大きな安心感につながります。
「認知行動療法」は、「認知療法」と「行動療法」が組み合わされた治療法です。認知療法では認知のゆがみ(極端な考え方など)の修正を目指します。行動療法では適切な行動をするための学習をしていきます。
周囲の人や環境の力を活かす方法としては「集団療法」があります。「集団精神療法」は、複数の患者さんがそれぞれ困りごとについて話し合う場を通じ、症状・行動の改善や心理的問題の解決・緩和などを図ろうとする精神療法です。治療者だけでなく、他の参加者の方との間の相互作用からも多くの学習効果が得られるとされています。互いに尊重し理解するという雰囲気の中で、自由に話をしながら、自分への理解を深めることなどを目的としています。
心理教育
統合失調症は、患者さん自身やご家族・周囲の方が理解して受け入れるのが難しい病気でもあります。そこで、統合失調症の症状や病態、薬物療法、心理社会的療法などの知識を伝える「心理教育」があります。病気の症状や病態、治療法などについて正しい知識を学ぶことで、病気に対する理解を深め、病気との付き合い方や対処法、さらに前向きな気持ちで生活できるように促していきます。医療機関では患者さん本人を対象とした心理教育がメインになりますが、ご家族を対象とした心理教育(「家族教室」と呼ぶことが多い)を行っているところもあります。
精神科リハビリテーションとしてのデイケア
精神科デイケアとは医療機関で実施される精神科リハビリテーション治療のひとつで、通所サービスのことを指しています。精神科で治療を受けている方を対象に、社会参加、社会復帰、復学、就労などを目的としたさまざまなプログラム(スポーツ、創作活動・趣味活動、料理、パソコン学習、ミーティングなど)が準備されています。さらに医師、看護師、作業療法士、心理士、精神保健福祉士などの医療専門職が患者さんの疾患や状態を把握し、お一人おひとりの個性にも配慮して治療的なアプローチを行います。精神疾患の再発防止に効果があり、健康保険の適用です。また自立支援医療制度の活用も可能です。その目的や効果は以下の通りです。【目的や効果】
- 身体を整える(生活リズムをつくる、体力の維持・向上、健康な身体づくり)
- スキルを磨く(生活技能の向上、コミュニケーションのスキルアップ、就労の準備)
- 居心地よい場所ができる(仲間づくり、安らぎの場所)
- ステップアップする(社会復帰・社会参加、集中力・継続力の改善、職場復帰・再就職)
- 病気について学ぶ(ストレス対処法、病気の理解、再発・再入院の予防)
ご参考:油山病院の「いろいろなデイケア」「リワークプログラム」
精神科リハビリテーションとしての作業療法
精神科に入院もしくは外来通院されている方を対象とする精神科リハビリテーションの代表的なものとして作業療法があります。作業療法とは、さまざまな活動(手工芸、書道、音楽、園芸、調理、体操や運動など)を通して、患者さんがやりたいこと、できるようになりたいことなどをその人らしくできるようにし、その人にとっての「より良い生活」がおくれるように援助するものです。生活リズムを整え、症状の軽減、気分の安定、身体の健康のみならず、他者との交流や活動する力、楽しみや達成感、充実感といった感情の回復も目指しています。
ご参考:油山病院の「院内の作業療法」
SST(Social Skills Training : 社会生活技能訓練)
ソーシャルスキル・トレーニング(SST)は、精神疾患によって低下した社会技能や生活技能を回復するための援助技法で、対人関係を良好に維持していく方法や、病気や薬との付き合い方、ストレス対処法などのスキルを学ぶことで自信を回復し、生活の質を向上させることを目的としています。一般的にグループによるロールプレイング(それぞれの人に役割を与えて演技する)形式を用います。ロールプレイングのテーマは日常生活の身近なテーマが設定されていて、これらの訓練を続けることにより再発防止にも役立ちます。