精神科退院支援「チャレンジグループ」

チャレンジグループとは「自分が求める生き方をスタッフと共に考え、主体的に退院に向けてチャレンジしてゆく」グループです。

グループの対象者は、病状が安定しても退院への意欲が低い、入院1年以上の長期入院者8名~10名が対象で構成されています。

なんらかの支援があれば再発リスクも低く、自宅・単身生活・グループホームなどへの退院が可能な方を医療スタッフで検討し、対象者の同意を得て導入しています。

積極的な精神科退院支援の開始

当院では平成19年より法人全体での退院支援の取り組みを開始し、現在まで多くの方が退院されています。しかし、その中でも、1年以上を経過した長期入院の方は生活能力の低下や地域生活への不安、自信の低さにより、退院意欲さえも低くなっているのが現状です。また退院意欲があってもいざ退院を目前にすると、不安が高まり病状が再燃したり、退院をためらい断念する方もおられます。

私達医療スタッフも、退院後の生活に向けて関わりを行っていましたが、医療スタッフだけが関わることに限界を感じていました。

私の考えとしましては、断念する方にとっては新しい環境自体が大きな不安であり、一歩踏み出すためには入院中から顔見知りになる関係を作り、地域に繋いでゆく橋渡し的な役割をする地域の支援者が必要だと感じていました。

そして、地域医療連携部の地域のネットワークをとても大事にされていることや社会資源の知識の豊かさに着目し、何か手立てはないものかと相談しておりました。

地域支援者と連携した精神科退院支援

さっそく、地域医療連携部のネットワークの働きかけで、現在の南区第2障がい者基幹相談支援センター相談支援員のスタッフ4名がチャレンジグループの取り組みを見学に来られました。患者さんたちの退院に対する正直な不安や希望を語られる姿。そしてグループの取り組みに賛同していただき、「私たちも退院に向けて少しでも力になれれば」と協力していただけることになりました。

その時に知ったのが「地域移行支援」という言葉です。

「地域移行支援」とは、施設・病院からの退所・退院にあたって支援を必要とする方に、入所・入院中から新しい生活の準備の支援を行うことで障害のある方への地域生活への円滑な移行をめざして行うサービスの事を指しています。

退院後も利用できる制度であり、長期入院の患者さんにとっては強みになる制度だと感じました。

そして、平成27年5月より、地域の力も加わってのチャレンジグループ開始となりました。

精神科長期入院患者の退院支援プログラム

チャレンジグループは5~10名を対象に毎週1回2時間を半年の期間をかけて実施します。(この期間の途中で退院される方もいらっしゃいます。)

少ない人数と思われるかもしれませんが、スタッフが細かくケアさせていただくためには10名が限度となります。

現在は5期目に入っていますが、1期目終了後も2期目、3期目と継続して参加される方もいらっしゃいます。(理由は後述)

プログラム内容は退院や退院後の生活に必要な…。

  1. 心理教育:病気についての知識・服薬の必要性や副作用・ストレスの対処・など
  2. 体験:料理の献立決め・買い物・調理(レトルト活用術など)・交通機関を使っての外出(木の葉モール・天神など)
  3. 社会資源の見学:日中の利用場所(デイケア・作業所・地域包括支援センター)・住居(福岡市にあるグループホーム)
  4. 利用できる社会資源の講義(訪問看護・地域移行支援・早良保健所での手続きなど)
  5. 当事者の方の実生活のお話し・意見交換です。

対象となる方に応じて上記の内容も各期ごとに変更しながら行っています。

さまざまな精神科医療専門職がサポート

病院スタッフは専属で5名が担当しています。

職種としては作業療法士(OT)、看護師(Ns),精神保健福祉士(PSW)、そしてご協力いただいた相談支援センターの相談支援専門員の方2名。

スタッフは対象者に寄り添い、共に対象者の言葉に耳を傾け、解決に向けて一緒に考えていきます。

精神科病院と地域支援者、それぞれの支援

先ほど述べましたが、チャレンジグループは5期目を迎えています。4期目までの間に6名が退院。その内3名の方が地域移行支援を受けられました。5期目には4名の方の退院が控えており、その内3名が地域移行支援を受けられる予定になっています。

振り返ると、1期目はほとんどの方が「退院したい気持ちはあるけど退院して生活するイメージがわかない。わからない」と話し、漠然とした不安に包まれていました。

作業療法士は場の進行、プログラムの実体験を通じて見えてくる一人一人の課題や患者さんの気づきを再度言葉にして伝え、実際の生活場面につながる解決手段を一緒に考えてゆきました。

看護師は不安な方のそばに寄り添い、乗り越えられるよう励ましてゆきます。

精神保健福祉士は身近な社会資源の紹介やグループホーム、作業所などの見学会を行い、新鮮な情報を伝えています。

相談支援員は顔見知りになりながら、地域の情報や実際生活されている方の工夫など、さらなる新鮮な情報を伝えます。

グループ活動が半年を終えた頃には、対象者に変化が現れます。

  • 「単身生活がしたい。でも薬の管理が不安。」
  • 「食事と金銭管理が再発の課題。サポートのあるグループホームで暮らしたい」
  • 「生活リズムが課題。もう1回グループを続けて、もっと退院のイメージを具体的にしたい」と。

1期目終了後には最初の漠然とした不安が現実的な考えへと変わっていきました。

これはとても良いことで、自分のもっている病気や障害は何なのかをきちんと目を向けることができたことで、現実的に対処するべき手段が判断できるようになるからです。

患者さんと精神科医療にかかわる人々

これが出来るようになるのは、プログラムの効果ももちろん大切ですが、それ以上に重要なのは、同じ目標に向かって取り組んでゆくメンバーやスタッフとの温かい関係性がはぐくまれるからだと思います。

プログラムの中には楽しい体験もあれば、心に少し負担がかかる体験もあります。それをみんなで共有していくことが勇気に代わり、「自分自身を見つめていく」イコール「自分の進む道がわかる。わかりたい。乗り越えたい」につながるのです。

そして、その温かい関係性から相談支援員が関わる地域移行支援の制度を選択され、退院前後に起こる不安による病状再燃や自信喪失による退院を断念する方はおられなくなりました。また、再発を心配するご家族にも地域移行支援を受けることで、もう一度退院にチャレンジする事に対してご理解を得られやすくなりました。

精神科の地域移行支援を活用した事例

ここでグループを通じて退院された方をご紹介したいと思います。

A氏:生活能力は高い方ですが、再発など将来への不安が強く、症状が安定しなかったことで入院生活を4年送られました。退院することに自信がなく、主治医やご家族の励ましでグループ参加されました。しかし、A氏が話す生活のアイデアや行動はグループに所属する他のメンバーの参考になり、周りから認められる実体験を繰り返したことで、「僕はこれでいいんだ。まだやれる」という前向きな気持ちを感じていただくことができました。

そして、A氏の希望で1期目~3期目を継続参加され、現実的な自信に結び付いていきました。相談支援員とはグループを通じて顔見知りになり冗談を言い合える関係へ。相談支援員が話す、地域生活を送っている当事者の情報も真剣に耳を傾けられ、次第に「単身生活をしてデイケアに通い、休みの日には大好きな映画をみたい」と夢を語られるようになりました。退院する気持ちも固まりましたが、先の見えない退院生活への不安を語られ、地域移行支援を希望され、支援開始。後に、退院を迎えることができました。しかし、退院後も不安定になり、日中はデイケアや訪問看護・精神保健福祉士への相談。夜中には何度も相談支援員の援助を受けました。今でも小さな症状の波はありますが、デイケアと訪問看護を併用し、好きな映画もみたり仲間と遊んだりと少しづつA氏の生活ペースを作られ1年が経過しようとしています。

長期入院患者さんの退院された事例

地域で生活されている当事者のお話も大事です。

B氏:お薬を自己判断でやめられたことがきっかけで再発され、入院生活3年を送られました。病状安定し、チャレンジグループ3期目での参加です。

開始当初、「退院はしたい気持ちはあるけど薬の自己管理に自信がない。」と正直に話されていました。

B氏には「どのように症状のコントロールをしながら生活すればよいのか」を参考にしてほしかったので、地域で生活されている当事者の方にグループの皆さんの前で話をしていただく場を設けました。

当事者の方のお話です。「私は自分の判断で薬をやめて、それが原因で再発しました。家族にも迷惑をかけました。治るまでに3年の長い期間がかかって苦しかったなぁ。今はデイケアに通い10年以上再発してないです。仲間ができたし、楽しくなくても仲間と会うためにデイケアに通っています。自分では、調子が悪くなるのが分からないのですが、仲間が『そろそろ先生に相談したら?』と警告してくれる。それが退院生活を続ける秘訣です。薬の自己管理も飲み忘れのないように家族に声を掛けてもらっています」というお話でした。

B氏はそれらの話を淡々と聞いておられました。終わりの感想で「失われた時間が印象的でした。僕も自己管理頑張ってみます。仲間っていいですね。」とほほ笑まれていました。

その後、薬の自己管理を希望され、症状のコントロールもできるようになりました。

地域移行支援を通じて訪問看護・作業所通所利用をB氏自ら決められ、家族にも退院への理解を得ることができました。そして、チャレンジグループ2期目の途中で退院を迎えられました。

退院後、作業所のゲーム大会で何度も優勝したりと楽しみも見つけられ、充実した日々を実現させておられます。

精神疾患の方々を支える地域の社会資源

当院には多くの地域移行を支えるシステムがあります。みんなが応援しています!

当法人には訪問看護ステーションあいりすがあります。

そして、退院生活を支える地域、福祉の多くのスタッフが精神障がいを持つ方々がいきいきとした社会生活が送れることを願っています。長期入院からまた新たな環境に進み出ることは本当に勇気や希望がないと出来ない事です。

私たちはそんな皆さんの勇気になりたいと思っています。そして自分の力でチャレンジしたことが、その方らしい生活に繋がって行くように応援していきたいと思っています。

文責 秦野あい子

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